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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)91号 判決

控訴人(原告) 岡平藏 外六名

被控訴人(被告) 税理士審査会 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人税理士審査会(旧表示・税理士試験委員)が実施した昭和四七年度から同五二年度までの税理士法附則第三〇項の規定による各税理士試験は無効であることを確認する。同被控訴人が実施している昭和五三年度の税理士法附則第三〇項の規定による税理士試験を取り消す。同被控訴人は、昭和五四年度以降税理士法附則第三〇項の規定による税理士試験を実施してはならない。被控訴人国は、控訴人松本茂郎に対し金五八〇万円、同横井弥一郎に対し金三六四万円及びその余の控訴人ら各自に対し金一〇〇万円並びに右各金員に対する控訴人松本及び同横井については昭和五三年一二月七日から、その余の控訴人らについては昭和四七年一〇月三日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決四枚目―記録三二丁―表一〇行目中「被告税理士試験委員(以下「被告委員」という。)」を「被控訴人税理士審査会(旧表示・税理士試験委員、以下「被控訴人審査会」という)」と改め、原判決四枚目―記録三二丁―裏三行目原判決八枚目―記録三六丁―裏五行目、原判決九枚目―記録三七丁―裏八行目及び同裏一一行目に各「被告委員」とあるのをいずれも「被控訴人審査会」と改める)。

一  控訴人ら代理人は、次のように述べた。

1  控訴人らの当事者適格について

行政事件訴訟法にいう「法律上の利益」に該当するとされるためには、その利益が法的に確立された利益であると認められ、かつ、それが行政処分との関係で単なる反射的利益ではないと判断されることをもつて足りる。本件訴訟において控訴人らの主張する人格権及び営業権が、いずれも民事実体法及び税理士法等により認められた権利であることは、異論のないところである。そして、本件訴訟において控訴人ら一般試験合格税理士は、税理士業界に参入する特別税理士への試験実施処分を争うものであつて、事案の構造は、判例により法的利益の存在を認められた、公衆浴場法による営業許可処分等を既存業者が争う場合と同様であり、むしろ税理士の場合は公衆浴場業者等よりも高度な職業的独占が認められているから、控訴人らの主張する人格権及び営業権が単なる反射的利益でないことは明白である。従つて、控訴人らは被控訴人審査会に対する訴につき法律上の利益を有する。

2  税理士法附則三〇項の無効について(さきに引用した原判決請求原因2(三)の補足)

昭和三六年改正後の税理士法附則三〇項における「当分の間」の文言は、法的に全く意味を持たないものと解すべきではなく、その立法の経過、特に右改正規定が三年を目途とする暫定措置として設けられた点をふまえて解釈しなければならない。そうすると、遅くとも、前記法改正後一〇年以上経過した昭和四七年以降においては、同規定はすでに失効していたものというべきである。

3  特別試験制度の弊害について(さきに引用した原判決請求原因2(四)の補足)

特別試験合格者の大部分は、国税又は地方税に関する事務に専ら従事した期間が二〇年以上の者であるから、退職時には国税局の部長、次長や税務署の署長、副署長等一定の要職にあつた者が多く、このような地位にあつた者が、在職中の税務調査に手心を加え納税者との間に一定のつながりをつけておいて、その後税理士となつてから当該納税者の顧問として就任するということは、日常しばしば経験される事実である。在職中の顧問先予約は当然のこととされ、国税局や税務署の高級官吏が勧告により退職する場合には、役所が顧問先をあつせんするのが慣例となつているほどである。本来、前記のような地位にあつた者は、退職後一年間は、その管内で顧問契約を締結する等のことを禁止されている(税理士法四二条)にもかかわらず、そのような違反行為が多多みられるのである。

また、特別試験の制度は税務署職員出身税理士の大量進出をもたらす結果、申告納税制に基づく民主税理士制度は徴税機関の下請制度と化し、税理士会内においても、特別試験税理士はその絶対数において一般試験税理士を圧倒することが可能であり、税理士会の運営自体を行政庁が支配しうる状態となつている。

それらの弊害は、いずれも特別試験制度と不可避的に結び付いているものである。

4  税理士法の改正について

昭和五五年四月一四日税理士法の一部改正法が公布された。右改正法は税理士法附則三〇項を改め、特別試験制度を昭和六一年三月三一日まで存置したうえ、これを廃止することとしたが、実質的には税務職員に無試験で税理士資格を付与するという大改悪をめざしたものである。

なお、同改正法により昭和五六年四月一日以降税理士試験委員に代わつて税理士審査会(新法四八条の二以下)が設置された。税理士審査会は、税理士試験の執行につき税理士試験委員が有したのと同一の権限を有するほか、税理士の懲戒処分に関し審議する権限を有するものとされている。

二  被控訴人ら代理人は、次のように述べた。

控訴人ら主張の前記一1ないし3については、いずれも争い、同4については、改正法が実質的に大改悪をめざしたものであるとの点を除き、認める。

三  証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所は、控訴人らの被控訴人審査会に対する訴をいずれも不適法として却下し、被控訴人国に対する請求をいずれも失当として棄却すべきであるとするものであつて、その事実認定及びこれに伴う判断は、次に付加し、改めるほか、原判決の理由説示と同一であるから、その記載(原判決一七枚目―記録四五丁―表一〇行目から原判決二六枚目―記録五四丁―表五行目まで。但し、原判決一七枚目―記録四五丁―表一〇行目、同裏一行目、原判決一九枚目―記録四七丁―表九行目、同裏四行目、原判決二五枚目―記録五三丁―裏一一行目、原判決二六枚目―記録五四丁―表四行目に各「被告委員」とあるのを「被控訴人審査会」と改め、原判決二〇枚目―記録四八丁―裏九行目中「今計」を「会計」と訂正し、原判決二六枚目―記録五四丁―表五行目中「棄却することとし、」を「棄却すべきである。」と改める。)を引用する。

1  原判決一七枚目―記録四五丁―表一〇行目「一」の後に次のように加える。「昭和五五年四月一四日税理士法の一部を改正する法律(同年法律第二六号)が公布された。右改正法は、昭和五六年四月一日を旅行日として、税理士法附則三〇項中の「当分の間」の文言を「昭和五六年四月一日から昭和六一年三月三一日までの間」と改めたので、特別試験は昭和六一年三月三一日までの間に限り引き続き実施されることとなつた。また、同改正法により、昭和五六年四月一日以降、税理士試験委員に代えて税理士審査会が設置され、税理士審査会は税理士試験の実施につき税理士試験委員が有したのと同一の権限を有するほか、税理士の懲戒処分に関し審議する権限を有するものとされている。」

2  原判決一七枚目―記録四五丁―表一〇行目に「まず、」とあるのを「そこで、」と改める。

3  原判決一八枚目―記録四六丁―裏三行目末尾に次のように加える。

「税理士法が、税務代理、税務書類の作成、税務相続等の業務(税理士業務)を行いうる者を税理士に限定したうえ、その税理士となる資格を厳しく制限しているのは、税理士が税務に関する専門家として、独立公正な立場において、納税義務者の信頼にこたえると同時に、納税義務の適正な実現を図るべき重要な使命職責を有することにかんがみ、その使命職責を遂行するのに適した者のみに税理士となる資格を与えるという公益的な目的によるものである。右のような法的規制が行われることによつて、既に税理士となつている者が一種の独占的利益を享受する結果となることは否定しえないが、その利益は前記の法的規制の結果として生ずる事実上の利益(反射的利益)にすぎず、税理士法がそのような税理士の個人的な利益を保護する趣旨を含めて前記の法的規制を加えているものとは解し難い。従つて、控訴人ら主張の人格権や営業権をもつて、本件無効確認の訴についての「法律上の利益」とすることはできない。

4  原判決二一枚目―記録四九丁―表八行目から同裏七行目中「いうべきであるし、」までの説示のうち冒頭「そして、」の後に「昭和五六年三月末日までの法適用については、」を加え、末尾「いうべきであるし、」を「いうべきである。」と改め、その後に行を改めて次のとおり加える。

「さらに、改正法が施行された昭和五六年四月一日以降についてみると、特別試験は、税理士審査会が行うもので、同審査会は委員三人(うち一人が会長)をもつて組織され、同審査会には、税理士試験の問題及び採点を行わせるため、試験委員が置かれ、委員は、租税に関する学識経験のある者のうちから大蔵大臣が任命し、試験委員は、税理士試験を行うについて必要な知識経験のある者のうちから、税理士試験の執行ごとに、同審査会の推薦に基づき大蔵大臣が任命するものである(法附則三二項、三四項、法四八条の三ないし五)。このような学識経験者により構成される税理士審査会によつて特別試験が行われるのであるから、右試験の問題の作成及び採点については同審査会の裁量判断に委ねられているものというべきである。いずれにしても、」

5  原判決二五枚目―記録五三丁―表八行目中「得ない。」の次に「もし控訴人らの主張するような当然の失効を認めるとすれば、法的明確性が著しく損われるだけでなく、予定された試験制度の抜本的改正の実現をみないまま特別試験に関する規定のみが失効することとなり、前叙の法改正時における立法者の意図にも反する結果となる。」を加える。

6  原判決二五枚目―記録五三丁―裏六行目中「必ず」から八行目中「といつて、」までを「それらの弊害はもとより関係機関等の責任において防止し排除すべきものであり、これをもつて特別試験の当然の結果であるということはできないから、仮に控訴人ら主張のような弊害があるとしても、そのことから」と改める。

二  よつて、控訴人らの被控訴人審査会に対する訴をいずれも却下し、被控訴人国に対する請求をいずれも棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項に従いこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 園部秀信 村岡二郎 川上正俊)

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